私、山本白美は、千葉県千葉市に生まれました。幼少期はインドアで遊ぶことが多く、お人形さんごっこなどをしているような大人しいタイプの子どもでした。割とのんびり屋さんではありましたが、一方で両親からの躾はとても厳しく、どんなことも「我慢をしていまう」性格になっていきました。
小中学校になっても、争いごとが特に嫌いで、女の子同士のグループに入って別グループの悪口を言うよりも、一人うでいた方がいいという女の子でした。本当に大切な友達は一人いれば十分!そんな子どもでした。
学生時代には華道部に入り、それをきっかけに洋花アレンジやガーデニングなどに興味を持つようになりました。やがて旅行会社に就職し、バリ島やハワイなどのリゾート地を仕事で回るという経験もしています。
その後結婚し、主婦として子育てと日々の生活に没頭しながら数十年があっという間に過ぎてしましました。
子育ても一段落したある日、地域のドッジボール大会に出場した時に、ちょっとしたアクシデントから大腿骨骨折という大怪我を折ってしましました。約1か月間入院することになりましたが、私はこの時「自分はこの人生で本当は何をしたかったのだろう?」という思いが、とても強く湧き上がってきました。
それまでは子育てや日々の生活が忙しく、そんな考えは浮かんだこともありませんでしたが、この時は何かともて大切なことを忘れているような、どうしても思い出さなければいけないような感覚を始めて覚えました。
まだその時は明確な答えはありませんでしたが、とにかく身体を動かそうと思い立ちヨガを始めました。また同時に介護の仕事も始めるようになり、動きたくても動けない人の氣持ちや受け身の氣持ちもよくわかるようになりました。
「自分は本当は何がしたいのか?」明確な答えをみつけられないまま数年が過ぎましたが、ある日駅前にある「ヒーリングセンター」という名前と「DNAアクティベーション、包丁マッサージ、占い」という張り紙にとても強く惹かれました!その時私は「ヒーリング」という言葉すら知らなかったのですが、なぜか「自分の求めている答えはここにある!」というような感覚があったのを覚えています。
最初はとても怪しいと思っていましたが、引力に惹かれるように私の足はそのサロンへ勝手に向かっていました。しはたして、私の直観が正しかったのです。
まったく未知の世界、初めての言葉や初めての施術、今までまったく知らなかった世界がそこにありました。しかし、ヒーリングやアデプト・プログラムというものを受けていくと、いつの間にか自分自身の内側が解放されていくのを体験できたのです。
「自分はこの世界に何をしに来たのか?」その答えが、見つかりつつあります。今私は、以前とはまったく違う環境、まったく違う世界、これまで想像だにしなかった世界で新しい人生を始めています。これからの新しい人生を喜びとともに謳歌していこうと思っています。